た淋しくもなる、」と彼は云った。「推移があるから人生は淋しいのだ、」と啓介は云った。
或る晩、木下は可なり遅くまで病室に残っていた。啓介は眠ってるらしかった。暫く待っても眼覚めそうもないので、彼はそっと立ち上った。そして忍び足で自分の室に帰った。
信子は炬燵にはいったままぼんやりしていた。木下が居なくなると、急に室の中が寒くなったように感じた。それで、火鉢に炭をついで、また一寸炬燵にあたった。何処か隙間があるのではないかと、室の中を見廻してみた。啓介が眼を見開いていた。
「木下君は?」と彼は尋ねた。
「もう御寝みなすったでしょう。つい先刻《さっき》までいらしたけれど。」
「そう。お前ももう寝たらいいだろう。」
「ええ。今晩は何だか寒かなくって?」
「さあ、病気で寝てると寒いか暖いかちっとも分らないが……。」彼は中途で言葉を切って、暫く電灯の光りを眺めていた、そして云った。「お前は淋しがってるね。」
信子は黙って彼の顔を見返した。
「淋しいだろう。」と彼はまた云った。
「ええ。」と信子は口の中で答えた。それからじっと啓介を見つめながら、前より少し高い声で口早に云った。「早くよくなっ
前へ
次へ
全106ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング