んでやった。洋服の埃《ほこり》を払ってやった。汚れ物を婆やに洗濯さしたり、時には下駄の泥を拭いたりした。画室の掃除も時々自分の手で行った。
夜になると、婆やはいつも早く寝たが、皆はよく遅くまで病室に起きていた。皆の途切《とぎ》れ勝ちな話をききながら、啓介は勝手に眠ったり眼を覚したりした。木下が立って行こうとすると、「も少し話さないか。」と啓介は云った。然し別に話すこともなかった。木下は書物を持って来て、寝転んで読んだ。面白い所になると声を出して病人に読んできかした。信子がそれにじっと耳を傾けていた。
「尾野さんはもうお寝みなすったら。朝が早いから。」と信子はよく看護婦に云った。――木下は朝遅くまで寝る習慣だったが、病室の横の方に看護婦と床を並べて寝ている信子は、大抵看護婦と同じ時分に起き上った。――尾野さんは、遠慮のない家の中の気分に感染して、笑いながら先に蒲団を被った。木下と信子とは、そして時々啓介とは、低い声で途切れ勝ちに種々な話をした。これと云って内容の無い、またそれだけに却って親しい気分の籠った話であった。
何の花が一番好きかということで、木下と信子とは議論をした。信子は百
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