ルから日本酒と、まるであべこべだ。恐らく彼の頭も、時間を逆に辿っていたのだろう。おれは彼の真正面に両肱をついて、じっとその顔を眺めてやった。――「どうです、これを最後として、心残りなくやっつけますか……。」
 南さんは苦笑を浮べ、眼をちらと光らした。そして紙入を取出して、中を調べた。
 南さんは立上った。顔には赤みが浮きだし、瞳が輝いてきて、足どりもしっかりしていた。酒飲みの体力というものは、急に衰えたり燃えたったりして、まるで見当がつかないものだ。
 こうなると、おれも辛抱してついてきた甲斐がある。しかも、南さんの行く先が、昨夜のアカシアだ。
 おれが予言したように、西の空から明るく晴れかけていたが、もう夕方で、街は昼の明るみと照明とが相殺しあうおぼろな時刻、慌しい人通りだった。
 カフェーの中はまだ人いきれがなく、さむざむとしていた。南さんは側目もふらず、まっすぐ二階に上ってゆき、一番隅っこの、芭蕉の葉影のボックスに腰を下した。あわててやってきた顔見識りの女給二人に、ただビールをあつらえ、煙草をふかし、片手で頭を支え、芭蕉の葉をぼんやり眺めた。
「昨晩《ゆうべ》、あれからどうなすっ
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