が、悪気流が、宙に迷っていた。
暫く眺めていた南さんは――あぶない、とおれが囁いてやったからばかりではなく――ぞっと身体中震えて、窓から離れた。時計をちょっと覗いてまたベットにもぐりこみ、横向きに、手足を縮こめ、眼を閉じた。頭を深々と枕に埋めてる様子では、眠ったようだったが……思いもよらない時に、両方の眼瞼から涙が一滴ずつ、すうっと流れおちた。雨滴が木の葉をすべるような、少しの無理もない流れ方だった。それからやがて、彼はうとうとと眠ってしまった。
一時頃、南さんはほんとに起きあがった。こんどは、眉をしかめ、ひどく不機嫌そうな顔付だ。宿酔のせいもあったのだろう。彼は室の中を少し歩き廻り、冷い水で顔をごしごし洗い、面倒くさそうに洋服に着かえ、窓のカーテンをひきあけ、円卓に片肱をつき、ビールをのみまた煙草をふかしながら、窓からぼんやり空間を眺めた。
そこで、おれはその耳に口をよせて、ひそひそ囁いてやった。――「どうです、昨夜のこと、覚えていますか。よく分らないのも、無理はありません、随分酔ってましたからね。彼女が帰っていったのが分らないなんて、そこまでいけば、確かなものですよ。これでもう、満足でしょう。どうです、わたしが云った通りじゃありませんか、徹底的にやっつけちゃいなさいって……。気持がさっぱりしたでしょう。なあに、頭が重かったり、多少の憂鬱があったりするのは、二日酔のせいですよ。それに、今日はあの通り曇ってもいますからね。今に、雲が切れて……まあ夕方ですね、赤い夕陽がぱっとさして、そして千疋屋で林檎でもかじってごらんなさい、頭の中も、胸の中も、さっぱりと晴れてしまいますよ。そして一切のきりがついて、ふんぎりがついてそれこそ、何物にも囚われない自由の境地ですよ。朗かな自由……そんなことを考えてたんでしょう。そうです、朗かですとも。朗かでなくっちゃ自由でないし、自由でなくっちゃ朗かでない……そうです、そうです。山根さんのことも、登美子のことも、家庭の煩いも、そのほかすっかり消し飛んじゃいますよ。これでもう、思い残すことはないでしょう。とにかく、未練というやつが一番の禁物です。これが最後だ、これがどん底だ、と思ってるところに、も一つ次の最後やどん底が出てくるのは、未練がさせる仕業ですよ。未練を捨てちゃいなさい。そうすれば何も恐れるものはありません。も一度登美子に逢っ
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