柿を既に貰ったと云いながら下さいと云うのがおかしく、ええどうぞと彼女はたのしく答えた。すると青年は云った。僕たちは四人だが、一つずつ貰うつもりで、五つもいでしまった。一つ余るから、これは返します。うまい柿だから、食べてみて下さい。そしてこちらから持って来てでもやったかのように、縁側に柿を一つ置いて、走って行ってしまった。――それがきっかけで、時々、村の子供を二三人つれて、三つ四つずつ、柿を取りに来るようになった。懇意にもなったというのである。
「なるほど、李君の面目躍如たりというところだね。」
 吉村は愉快そうに云ったが、李は別に悄気るでもなく得意がるでもなく、平然としていた。
 柿を食べてから三人で、海辺を少し歩いた。
「先生、お仕事は、お捗りになりまして。」
 先刻のことも忘れて、君枝はそんなことを聞くのだった。だが、李は感じているのかいないのか、吉村と君枝とが前から識ってる間であるばかりか、此処でも既に往来してることが、態度や会話に明瞭に現われても、一向気に留めてる風もなかった。

       二

 君枝は吉村の宿を訪れるのを遠慮していたらしく、吉村が最初に訪れた後、一度訪れて来、それからちょっと庭先に来たきりだったが、其後は、李と二人で、しばしば吉村の宿に遊びに来たり、散歩に誘いに来たりした。その地で吉村は、ただがむしゃらに、原稿紙に文字を埋めることにかかっていて、構想や夢想に耽ってる場合でなかっただけに、次第に、二人へのおつきあいの時間が惜しまれてきた。
 吉村がこちらに来て上山君枝を訪れたというのも、実は病気見舞かたがた、といっても彼女の肺患は軽微なもので、まあ謂わば、その心境打診のためもあったのである。君枝の良人の正彦は吉村の旧知で、君枝が随筆風な或は小説風なものを書き綴るようになってから、吉村さんにでも見て貰ったらと口を利いたのが正彦だった。既にその頃から、彼等夫婦の間は面白くゆかなかったらしく、君枝が肺を病んで海辺の別荘に来てからは、正彦は相当な財産があるにまかせて放埓になり、或る恋愛問題にまではまりこんでいた。この恋愛問題については、吉村と上山は明らさまに話し合ったことはなかったが、既に君枝にまでうすうす知れてることが二人の間に了解されていたのである。危い瀬戸際だということが、吉村にはっきり感ぜられ、自分の尽すべき途はないかとまで考えていた。
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