ゆらゆらとした。
やがてへとへととなって、其処へどっかと臀をついた。荒い息使いが静まると、額の汗が冷えてねっとりとしてるのを、掌で押し拭った。それからじっと腕を組んで、身動きもしなかった。
だいぶたってから、彼はふと思い出したように立上った。板の間の隅から、椿の実のはいってる土瓶を取出して、中の水を盥に空《あ》けた。両手でかきむしった頭に少しつけると、冷りとして飛び上った。薬鑵の中に少し残ってる微温湯《ぬるまゆ》をさした。手をつけてもなお冷たいのを、我慢して、ずぶりと頭を浸した。自棄《やけ》に両手で頭をおしこすって、その後で顔を洗った。手拭で拭き取ると、顔がつるつるとして、髪の毛がぬるぬるとしていた。その毛を後ろにかき上げ、一寸小首を傾げながら、にやりとした。
跳ねるような足取りで歩いて行き、表の戸をがらりと引開けた。出たばかりの月の光りが、横ざまに流れていた。物の影が長く地面に印していた。それを暫く物色していたが、向うの小形の茂みが眼にはいると、かっと唾をして戸を閉めた。ランプを吹き消して、寝床に匐い寄り、頭から布団と蓆とを被った。
いつのまにか眠った。
夢の中で――地面に横たわってる真黒な物影が、むくむく起き上るのが見えた。起き上ってしまうと、月の光りを受けて真白になった。それが皆真裸の彼女の姿だった。顔だけが見えなかった。乳房と腹と臀とが馬鹿げて大きかった。それが踊るような恰好で、両腕を拡げながら、がっしりとした力強さで飛びついてきた。がその度毎に彼はよろけて、よろけるはずみに、彼女――彼女等の腕の下をすりぬけた。それが我ながら腹立った。踏み止って彼女等の腕に捕えられようとしても、どうしても出来なかった。彼女等は四方から追ってきたが、その肌に触ることさえ出来なかった。……彼女等の踊りは益々激しくなった。しまいに一団の竜巻みたいになって、くるくる廻りながら遠ざかっていった。彼はその後を追っかけた。赤い頬辺《ほっぺた》が笑っていた。無数の手がこちらをさし招いていた。するうちにどしりと躓き倒れた……。
眼を開くと、室の中は真暗だった。破れ雨戸の隙間から、蒼白い光りが射し込んでいた。彼はそれをじっと眺めていたが、やがて胸をわくわくさしながら起き上って、そっと雨戸を細目に開いた。ぱっと明るい月夜だった。夜鷹が鳴いて飛び過ぎた。水の無い水田の黒い地面が遠くまで
前へ
次へ
全9ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング