はもう恐ろしくも何ともなかった。白狐のお稲荷様の使だ。僕の屋敷の中に祭ってあるお稲荷様が、僕を迎いに白狐を寄来されたんだ、そう思ってみると、何だか急に豪くなったような気がして、もう蝋燭の燃えつきかけてるのも気にならなくなった。
 後でそのことを話すと、母はそれを白兎だろうと云った。然し僕は白狐だったと云い張った。実際今でも白狐だったと思っている。
 それだけの話なんだが……。なに、そんなお伽噺なんか面白くもないって、そりゃそうかも知れないが、然し君、人生は先ずお伽噺から初まるんだ。そこで、此度はも少し面白いのを聞かせよう。が一寸、煙草を一服吸ってからだ。

      二

 前の話から一年か二年後のことだった。僕の父が肺病にかかって寝ついてる時のことなんだ。
 僕の父は痩せてこそいたが、平素は至極頑健なたちで、随分不摂生な生活をしても身体に障らなかった。それが不意に肺結核にとっつかれて寝ついた。何でも友人に結核の人がいて、その死際から葬式まで一切世話をしてやったので、その時に感染したのだとの話もあるが、そんなことはどうだか分ったものじゃないし、またこの話とも関係のないことだ。
 で、
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