くされない。自分の全存在をぶち込んだ瞑想と、まあそんな風に思ってくれ給え。
そして長い時間がたった。霧はいつまでも晴れそうにない。細かな仄白いやつが一面に流れ動いてゆく。僕はもうたまらなくなって、立上って歩き出した。どちらへ行ってみようとか、どの方向がどうだとか、そんな考えがあってじゃない。丁度夢遊病者のように、ただ本能的にふらふらと歩き出したのだ。五六寸の雑草が所々に背の高い茂みを交えて、一面に生い茂ってるのが、足先にそれと感じられるだけで、足許の地面さえはっきりとは見えず、四方の模様は更に分らなかった。ただ時々眼の前に、ぼーとした物の形が浮出して、近寄ってみると、ひょろひょろと伸びてる栂や落葉松などだった。
そのうちいつのまにか、僕の横手にぼんやり人間らしい影がつっ立っていた。振向いてなおよく見ると、たしかに人間で、縞目の分らぬ黒っぽい着物を一枚着流して、帽子も被らず髪の毛をもじゃもじゃに長く伸ばしている。それが腰から上だけぬっと出て、足は霧の中に見えなかった。
不思議なことには、僕は別に驚きもしないで、四五歩その方へ近づいていった。すると向うも四五歩遠ざかってゆく。おや、此
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