た。そう云われると僕も何だか、昔そういう風にして夜道をしたことがあるような気がしてきた。然し腕を抱えられてるのは僕の方で、相手はその女じゃないし、道もそのあたりではなかった。誰だったろう、何処だったろう、そんなことがしきりに考えられた。
そのうちに、初め温く柔かだった彼女の腕が、だんだん硬ばって冷くなってきた。
「どうかしたんですか。」
彼女はただ頭を振っただけで何んとも云わない。いろいろ尋ねてみたが、どうしたことか彼女は一言も口を利かないで、頭を打振るばかりである。僕は変に不気味になり出して、それかって彼女を放り出すわけにもゆかないで、とっとっと足を早めると、彼女は足が痛いと云ってるくせに、後れがちにもならないでついてくる。僕もしまいには黙り込んでしまって、木か石をでも引張って歩いてるような気持になった。
そのうちに、道が次第に平になって、彼方のなだらかな山麓に、停車場やそのまわりの小さな町の燈火が、月光に煙ってぼーっと見え出してきた。もう安心だと思うと、急に気がゆるんだせいか、足が重くて仕方がなくなった。
ふと気がついて、彼女の方はと思って振向くと、不思議なことには、現在自
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