いた。何だかやけくそのような気持で立上って、足早に歩き出した。
 五六町も行ったかと思う頃、その女が道端の岩角に腰掛けていた。ぼーっとした提灯の火を側にして、月の光を斜め半身に受けて、顔を外向けているその様子が、もうずっと前から其処に坐り通してるような風だった。僕は何だか息がつけず石のように固くなって、ちらと見やったまま通り過ぎた。彼女は見向もしなかったらしい。
 それから暫く行くうちに、全く意外な気持が僕に湧いて来た。こんどは僕の方が一休みして彼女を待っていてやらなければならない……なぜそうだかは分らないが、兎に角待っていてやるのが当然だ、という気持だった。まあ彼女に強く心が惹かれたのだ。が誤解しちゃいけない。彼女にどうのこうのって、そんな普通の意味でじゃなくって、全く字義通りの意味で心を惹かれたのだ。第一僕は彼女の顔だって一度も見なかったし、その様子で若い女だと感じただけのことじゃないか。
 で、その気持が次第に強くなってきて、やがて僕は月の光のさしてる岩角に腰掛けて待ち受けた。すると、喫驚するくらい早く彼女はやって来た。それから足をゆるめて、膝の上にもたせた片手に下げてる提灯の方
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