、よく一つ所ばかりぐるぐる廻りするということを、僕は前に聞いたことがある。それで僕は先ず其処に屈み込んで、よく気を落付けてから、大体の見当を定めた。
 薄い霧だったので、月の光が多少洩れ漉してるせいか、遠くは見えないが、近い所はぼーっとした明るみだった。遠くに溪流の音が聞えていた。それが右にも左にも聞えているので、どちらへ出てよいかが疑問だった。それからまた、宿屋のある辺を通り越して下手に出てるのか、まだ上手にうろついてるのかも、さっぱり分らなかった。
 仕方がなかったら此処で霧の晴れ間を待とう、と僕は決心して、いつまでも屈み込んでいてやった。然しいつ晴れるやら分らない霧だったし、それに僕は襯衣の上に宿屋の浴衣を引っかけてるばかりなので、その夜霧が肌にしみつくほど寒い。それでも遠くへ迷い込むよりはましだと思ってじっと我慢していた。
 その間の僕の気持ったらなかった。聞えるものは左右の溪流の音ばかりで、それが時折高低をなして、僕の捨鉢な瞑想を揺ってくる。僕はそれに凡てを任して、途切れ途切れの而も曽て考えたこともないような底深い思いに沈み込んでいた。
 然しその時のことは、とても言葉ではつくされない。自分の全存在をぶち込んだ瞑想と、まあそんな風に思ってくれ給え。
 そして長い時間がたった。霧はいつまでも晴れそうにない。細かな仄白いやつが一面に流れ動いてゆく。僕はもうたまらなくなって、立上って歩き出した。どちらへ行ってみようとか、どの方向がどうだとか、そんな考えがあってじゃない。丁度夢遊病者のように、ただ本能的にふらふらと歩き出したのだ。五六寸の雑草が所々に背の高い茂みを交えて、一面に生い茂ってるのが、足先にそれと感じられるだけで、足許の地面さえはっきりとは見えず、四方の模様は更に分らなかった。ただ時々眼の前に、ぼーとした物の形が浮出して、近寄ってみると、ひょろひょろと伸びてる栂や落葉松などだった。
 そのうちいつのまにか、僕の横手にぼんやり人間らしい影がつっ立っていた。振向いてなおよく見ると、たしかに人間で、縞目の分らぬ黒っぽい着物を一枚着流して、帽子も被らず髪の毛をもじゃもじゃに長く伸ばしている。それが腰から上だけぬっと出て、足は霧の中に見えなかった。
 不思議なことには、僕は別に驚きもしないで、四五歩その方へ近づいていった。すると向うも四五歩遠ざかってゆく。おや、此
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