って来たようで、ほんとに生活したことがなかったようです。只今は、松浦と二人で印刷所をやりながら、或る計画を立てていますが、いずれあなたにも御力添えを願うことになるかも知れません。そのうちに、松浦を御紹介しましょう。屹度あなたと気が合いますよ。滑稽なことには、抜目のない男ですが、私が会社から退職手当を貰っていないことには気付いていないんです。私も隠しています。知ったら、取りに行けと云い出すにきまっていますからね。」
村尾は[#「 村尾は」は底本では「村尾は」]ずるそうに笑った。その笑いが如何にも朗かだったので、島村はそれによって彼の生活を想像し、あの手記のことを思い出して、その変化に不思議な気がした。
「僕はどうも、ばかげた空想ばかりしてるような気がすることもありますが、時によると、そのばかげた空想が役に立つようです。あの生活からぬけ出す時もそうでしたが、只今でも実生活に役立つことがあります。」
「さっきの、何か計画を立ててるとかいうのも、案外そうした空想の産物じゃないのかね。」と島村は率直に云った。
村尾はちらと鋭く眼を光らしたが、別に抗弁はしないで、まあ飲みましょうと云った。島村
前へ
次へ
全44ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング