い自由な朗かな心境にあることを、自ら喜んでいた。然しこの考えは或は間違っていたかも知れない。私がもし恋をしているか、恋でなくとも何等か一つの愛情を持っていたならば、ゆき子にも信子にも、また他の誰にも、ああいう態度は取らなかったろう。そしてこんな惨めなところに落込むことはなかったろう。極端に云えば、独身でいたのがいけなかったのかも知れない。然しながらまた、自由に遊蕩出来るだけの金を持っていたら、問題はおのずから異る。要するに、貧乏でそして愛人がなかったのがいけないのだ。とはいえ、今は寧ろそのことを感謝したい気持である。
――この一節を考え合せると、前の場面から何かが見落されてるように思われるのである。村尾はまたこういうことも云った。「僕が彼女の醜い耳に誘惑されたことのうちには、実は自分の理性に対する反抗もあったかも知れない。」
結局は自分自身を惨めになすに過ぎなかった信子との事柄は、二千円の勧業債券に対して私を無頓着ならしめた。私はそれについて、大して感謝もしなかったし、また大して躊躇もしなかった。それに元来私は、金銭のことは水量みたいなもので、水準の高い方から水準の低い方へ水が流
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