意識的にせよ何かの口実だったのであろう。そして「その夜のこと」の内容について、手記の先の方に暗示的な一節がある。それをここに引用しておこう。
 社員の殆んど全部と社長の懇意な人々とが集っていた。社長の誕生日の招待といっても、年に一度のこうした集会は、依田商事会社の記念会とも云えるものだった。そしてこの記念会だけから見ると、この商事会社は着実な発展をなしてるようだった。招待された人々は、社員を除いて、一年毎に社会的地位も上り、人柄の重みも増してるようだった。新たに知名の人も一二出席していた。万事略式でそして粗餐ということだったが、それらの人々が大抵、ネクタイピンを光らし、ズボンの折目も正しく、中にはモーニングを着込んだものもあって、東洋軒の広間で、白布の上に花を飾った食卓をとりまいて、礼儀正しく食事をしてるところは、如何にも立派だった。私は末席の一つにいて、足高の酒杯になみなみとつがれてる白と赤との葡萄酒が、電気の光にてりはえるのを眺めながら、日本酒をのんでいたのであるが、側の二人の同僚が小声で、俺たちも誕生日にはこうした盛宴を張りたいものだが、一体今日の入費はどれほどだろうかなどと、感
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