理するために信子の父に頼んでみたのだが、千代次との過去のことが知れ渡っていたためか、手痛い警告をされた上に断られて、全く整理の見当がつかなくなっていた。以前、杉浦や西田などと交際して、社会問題や被搾取階級の問題などを論じ合い、小さな運動グループを拵えかけていた頃のことが、遠い過去のように思い出され、別種な熱い憤慨が身内に沈潜していた。
 私がもし相当に金を持っているか、或は遊蕩の気分でも濃かったら、浜田ゆき子などには一瞥も与えなかったろう。
 雷門前の仲町の人通りの中に、小間物屋の前に佇んで、花笄などを眺めてる彼女の姿を、私は遠くから見分けて、再び苦笑を洩した。頸が太く、背が低く、皮膚が荒れ、三十近い年配よりももっと老《ふ》け、吾妻下駄なんかをはいて、小さな風呂敷包をもってる彼女の姿は、人中に目立った。そして私は自分の洋服姿を気にしながら、私の方へ縋りつくような眼付をあげる彼女をつれて、その辺の安価な牛肉店にはいり、酒をのみ飯をくい、ぐずぐずに時間がたち、今晩は帰らなくともいいなどと云いだした彼女と共に、懐中の紙入の中を胸勘定しながら、公園裏に安価な宿所を求めたのだった。
 置床と餉台
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