にやはり白粉の香がくっついていて、どうにも困った。
 向うの室から、放笑しそうなのをじっとこらえた顔付で――眼付で、お千代が見ていた。そのぽっちりした赤い頬辺に、飛んでいってかじりついてやったら……母の眼の前で。
 母の頸筋が、生え際が、薄ら寒そうに細そりとしていた。
 何だかぎくりとした。その拍子に、トトントントン、トトントントン……指先で火鉢の縁をやけに叩いてやった。
 なぜ皆黙ってるんだ。
「ダンスでも習いたいな……。」
 トトントントン、トトントントン……。
「まあー、どうしたんですよ、口の中でぶつぶつ云って、そして……。」
 トトントントン……。顔が一寸挙げられなかった。
「僕は……ダンスを習いたいんだけれど……。」
 擦り寄ってきて、肩のあたりと腿のあたりとの厚ぼったい重みで、焦れったそうにトントンとやった、彼女の肉のはずみが、今ふいに蘇ってきて、とても抵抗出来なかった。指先から次には身体中で、トトントントン、トトントントン……。胸の底がほてってきて、息苦しかった。
「おかしな人ですね。どうかしたんですか。」
 今迄見たこともないような、赤の他人の眼付で母が覗きこんでくる…
前へ 次へ
全14ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング