にやはり白粉の香がくっついていて、どうにも困った。
向うの室から、放笑しそうなのをじっとこらえた顔付で――眼付で、お千代が見ていた。そのぽっちりした赤い頬辺に、飛んでいってかじりついてやったら……母の眼の前で。
母の頸筋が、生え際が、薄ら寒そうに細そりとしていた。
何だかぎくりとした。その拍子に、トトントントン、トトントントン……指先で火鉢の縁をやけに叩いてやった。
なぜ皆黙ってるんだ。
「ダンスでも習いたいな……。」
トトントントン、トトントントン……。
「まあー、どうしたんですよ、口の中でぶつぶつ云って、そして……。」
トトントントン……。顔が一寸挙げられなかった。
「僕は……ダンスを習いたいんだけれど……。」
擦り寄ってきて、肩のあたりと腿のあたりとの厚ぼったい重みで、焦れったそうにトントンとやった、彼女の肉のはずみが、今ふいに蘇ってきて、とても抵抗出来なかった。指先から次には身体中で、トトントントン、トトントントン……。胸の底がほてってきて、息苦しかった。
「おかしな人ですね。どうかしたんですか。」
今迄見たこともないような、赤の他人の眼付で母が覗きこんでくる…とはっきり意識したが、それが見返せなかった。
「少し酒を飲ませられちゃって……。」
「お酒を。」
「そして急いで帰ってきたもんだから、汗をかいちゃって……。」
出まかせに云い出したのが実は本当で、身体中がねとねとして気味悪かった。
「それでは……あの、お湯にでもはいったら……。」
「お湯がわいてるんですか。……すぐにはいろう。」
「今加減を見せますよ。」
母が女中を呼ぶのを待たないで、もう帯を解きかけながら、湯殿の方へ馳け出していった。
首筋まで全身をぐったりと湯に任せ、後頭部を浴槽《ゆぶね》の縁にもたせかけて、もーっとした湯気の中から、ぼんやりした電燈の目玉を眺めていた。
何にも考えることが出来なかった。身体の節々に力がなかった。はずみをつけて動いていた気分が静まり淀んで、それから、疲れきったのろい渦を巻き初めた。それに引き込まれて気を失いそうだった。
きりきりと金物の軋るような音が……ごーっと暴風の吹き過ぎるような音が……どこか遠くでしていた。
「……お加減は……。」
はっと我に返って立上った。湯をじゃぶじゃぶやった。――誰が加減なんか悪いものか。
「あの……お加減は
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