ーっと立現われてきた。或る時は、自分を力強く導いてくれる兄だった。或る時は、自分に戯れかかる弟だった。或る時は自分をやさしく慰めてくれる姉だった。また或る時は、自分を心から尊敬し信頼してる妹だった。そしていつも美しかった……というだけで、どうしても顔がはっきり見えなかった。単に美しいというだけでなしに、その眼鼻立をすっかり見て取りたいものと、心の努力を重ねるうちに、一体そういう兄弟姉妹を、自分は昔持ってたのか、現在持ってるのか、未来に持つようになるのか、または夢の中でだったのか、何だかもやもやとしてきて、一切分らなくなってしまうのだった。
 馬鹿馬鹿しい空想だ、と恒夫はその想いから覚めると考えて頭の外に投り出してしまったが、それでもやはり時々、我知らず其処へ落込んでいった。事実の彼方という杳《はる》けさが、彼の心に甘えていた。
 所が、それが単なる空想でなしに、事実となって現われてきた時、彼は喫驚して、父の位牌の前に沢山香を焚いた。
 父の十三回忌の法会の日だった。家の者や近しい親戚の者など皆で、朝の十時頃寺へ行って、仏事を済し墓参をしてから、料理屋の方へ廻ろうとする段になって、二三日
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