が二度も消えた。
 その時から、祖母の容態が俄に悪くなった。医者が日に何度も来たし、看護婦もやって来た。
 三日目の朝、恒夫はいつもの通り学校へ出かけようとすると、祖父の室へ呼びつけられた。祖父と母とが火鉢を挾んで坐っていた。火鉢の縁で長い煙管を、祖父がいつもより強い力ではたいているので、恒夫はただごとでないと感じた。そしておずおずと其処に坐ると、母はいきなり云い出した。
「恒夫さん、家へよく遊びに来る野田という人ね、あの人は小野田茂夫さんじゃありませんか。え……嘘を云わないで、はっきり御返事をなさい。」
 恒夫は次第に頭を低く垂れて、唇をかみしめた。
「どうなんです。茂夫さんでしょう。」
「ええ。」と恒夫は答えた。
 一寸沈黙が続いた。祖父がまた強く煙管をはたいた。
「それでは、もう何も云いませんから、今日学校が済んだら、すぐに茂夫さんを連れていらっしゃい。……よござんすか。」
「ええ。」
「すぐに連れてくるんだぞ。」と祖父が大きな声で怒鳴った。
 恒夫は喫驚して、何にも尋ねることが出来ないで、風に吹き飛ばされる木の葉のようにして出て行った。
 母が玄関まで送って来た。
「茂夫さん一人だけですよ。向うの家の人には何にも云ってはいけませんよ。」
 恒夫には合点がゆかなかった。どうして分ったんだろう……茂夫を連れて来てどうするんだろう……何で祖父があんなに怒ってるんだろう……祖母の病気がひどいのかしら、それと茂夫と何の関係があるんだろう……。そこまで考えてきた時、恒夫は急に晴れ晴れとした所へ出たような気がした。僕と茂夫とを表向き立派に兄弟にしてくれるのかも知れない……そして茂夫の、高い広い額と、憂わしげな上目がちの眼と、綺麗な器用な指先とが、まざまざと眼の前に浮んできた。
 恒夫は学校で待ってることが出来なかった。三時間目がすむと、こっそり逃げ出して豊山中学へ行った。そして例の小使室の横でだいぶ待たせられて、十二時になってから、茂夫に逢うことが出来た。
「大変なんだよ。」と恒夫は云った。「お祖父さんとお母さんとが、すぐに君を連れて来いと云うんだ。お祖母さんの病気がひどいんだ。」
 茂夫は一寸顔色を変えた。それから変に絶望的に落付いてしまったらしかった。いつもの通り家に帰って着物に着変えて来ようとした。
「服のままで大丈夫だよ。もう君だってことが分ってるから。」
「だっ
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