んが好きだ。」
「僕も好き……になったような気がするよ、君に逢ってから……。今のお父さんなんか頑固で嫌いだ。」
「お父さんが生きてたら、僕達は素晴らしく沢山の兄弟になってたかも知れないよ。」
茂夫は驚いたように眼を見張ったが、そのままの顔付で口許に微笑を浮べた。恒夫はじっと空の奥を見入っていた。
恒夫と茂夫とは、どちらからともなく互の学校へ出かけていって、植物園や上野公園や時には日比谷あたりへも、ぶらつき廻った。
学校の帰りが夕方になることが多いのを、母から怪しまれていろいろ尋ねられても、恒夫は何やかやいい加減の口実を並べ立てて平然と空嘯いていた。そして心の中は、吾弟を得たり、といったような晴れやかなもので満たされていた。そして遂には、茂夫を家の中へまで連れて来た。小野田の姓から一字省いて、野田という親友だとふれこんだ。豊山中学の制服だと気取られそうなので、いつも和服に着変えさしてきた。誰も茂夫だと気付く者はなかった。
「どうだい、うまくいったろう。」
茂夫はにこにこしながら首肯いた。
桜や桃の花が散って、萠え立つような新緑に樹々が包まれ初めていた。庭には真赤な躑躅が咲いていた。そのわきに可なりの池があった。池の中に飛び込んでる大きな蛙や蝦蟇を、二人は額にねとねとした汗をにじませながら、長い竿の先でつっ突き廻った。
恒夫は写真帖なんかも持ち出した。
「お祖父さんやお祖母さんが、本当のお祖父さんやお祖母さんでなかったり、お母さんが本当のお母さんでなかったり、またお母さんにいろんな兄弟があったりして、そんなことが一度に分ってきたら、素敵に面白いだろうね。」
そして二人は、おどけたような眼を見合ってくすくす笑った。
「君は額がお父さんで、眼がお母さんらしいね。」と恒夫は云った。
「そう。お父さんは若くて立派だったんだね。」
「そうだよ、僕はちっとも覚えていないけれど……。」
父の写真を子供の時のからずっと並べて一度に眺ると、何だか滑稽な気がして仕方がなかった。祖父や祖母なんかのもやはりそうだった。そしてその感じが、実際の祖父や祖母に接する時にも、頭の隅につきまとって仕方なかった。
二人はどうかすると、祖父の悪い方の碁盤を持って来て、五目並べや囲碁の真似などをして遊んだ。そこへのっそり祖父がやって来て、囲碁の法を教えてくれることがあった。恒夫は影でくすく
前へ
次へ
全17ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング