来気分の勝れなかった祖母が、身内に寒けがすると云って、すぐに家へ帰りたがった。で、母がその伴をすることになりかけたが、先程から窮屈を覚えだしていた恒夫は、鹿爪らしい祖父や伯父達の間に交って、御馳走を食べに行った所でつまらない、というような予想から、強いて母に代りたがった。そして、客は皆大人ばかりだったし、女の人も二人いたし、何やかの都合から、母が接待役の格で居残ることになって、恒夫は祖母の伴をして帰って来た。
恒夫としては我儘から出たそのことが、祖母にとっては非常に嬉しかったものらしい。打晴れた初春のぽっかりした暖みなのに、祖母は炬燵をいれさして、恒夫にもそれにあたらせたがった。そして恒夫がお義理半分に、足先だけを炬燵布団の中に差入れて、畳の上に腹匐いながら、雑誌の小説を拾い読みしてるのを、しみじみとした眼付で見守って、述懐めいたことを話しかけた。然し恒夫は、祖母の言葉に興味を覚えなかった。祖母が父の十三回忌にめぐり会おうと、昔のことを考えると夢のような気がしようと、そうして生きてるのが有難いことだろうと、そんなことはどうでもよいのだった。
「何時《なんじ》になるでしょうね。」と祖母は尋ねかけた。
恒夫には何時だって構わなかった。
「お母さん達ももうじきでしょうよ。」
その言葉の語気に、恒夫は祖母が自分を憐れんでることを感じた。と同時に、自分のうちにも祖母を憐れむ情があることに気付いた。何だか喫驚《びっくり》して眼をくるくるさして、頭をねじ向けて見ると、祖母の眼がいつもより多く濡みを帯びてるようだった。
「せめて今日だけでも、あの子を来させるとよかったんですがね。……私がいくら云っても、お祖父さんが頑固なことばかり仰言るのでね……。」
「え、お祖父さんが……。」
「それもね、理屈から云えば尤もなんですよ。たとえ血統《ちすじ》はどうだろうと、立派に他家の子供となってるうえは、それをわざわざ呼び寄せて、昔のことをほじり出すのは、よくないことだ、両方の気持を悪くさせるだけだ、とそう仰言るので……。それにしたって、もう十三年も、十五六年も前のことですから、別に差障りはなかろうと、私としては思ったのですけれど……そしてあなたにしたって、一人っきりよりは、表立って兄弟を持った方が、いくら心強いか知れないのに……それをお祖父さんは、得手勝手な考えだと仰言って、どうしても聞き
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