ように呼んでいた。いつもきまった按摩で、眼も見え、わりに小綺麗な中年の女だった。その按摩が、昨日は差支えあって、代りに婆さん按摩が来た。その婆さんの話である。
 奥さまはなるほど胃がお悪うございますねと、仔細に首を傾けながら、胃病の症状を幾つか話した。その中で、一つへんなのがあった。もう六十あまりの老夫人で、長年胃病に悩み、あちこちの医者にかかったが、どうしても治らなかった。ところが近頃、おかしな症状が起ってきた。物を食べると、胃袋の中のどこかに閊えるのである。汁物までが閊えるのである。そして暫くすると、その閊えたものが、胃袋の底へ、ごっとん、ごっとん、さがってゆく。そして初めて胸が開ける思いをする。柔かい物ばかりでなく、汁物までがそうだから、おかしい。どこに閊えるのか分らないが、確かに閊えて、そしてやがて、ごっとん、ごっとん、下ってゆくのである。医者にみせても原因は分らないし、この節ではもう諦めて、ごっとん、ごっとんを、却って楽しみに待つのだった。
 その話を、按摩はただ座興にしたらしいが、自分で胃弱を悩んでる八重子には、へんに気味悪く響いた。
「いやですわ、胃の中でごっとんごっとん
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