めちゃくちゃだった。ただもう酒を飲むより外はなかった。
「それでは、今迄通りでよろしいんですね。」
話は少しも進展せず、また同じようなことが繰り返された。するうちに、木山はふいに言い出した。
「僕は決心しています。塚本さんに逢ってみるつもりです。」
由美子は顔色を変えた。
「あなたが、まあ、そんなことを……。」
「逢ったっていいじゃありませんか。僕たちのことは、どうせ塚本さんにも知れてる筈です。逢った上で、きっぱり話をつけましょう。」
「いけません。わたしいやです。第一、奥さまをどうなさるつもりですか。」
「誤解しないで下さい。家内とは関係のないことです。ただ、塚本さんに逢って、僕たちのことをはっきりさしておきたいんです。」
≪また、何を言ってるんだ。腹立ちまぎれの出たらめな思いつきに過ぎないじゃないか。果して実行の意志があるか。彼女からそれを言い出されたとすれば、お前はきっぱり断ったに違いない。出たらめを言うな。ばかなことを言い出して、ますます話をこんぐらかすばかりじゃないか。お前はいったいどうしようというんだ。≫
由美子は黙りこんでしまった。それからふいに、彼にキスを求めた。
「分りましたわ、あなたのお気持ち。わたし安心して時期を待ちましょう。」
「時期ですって……。」
「いよいよの時まで、静かに待っておりますわ。」
「よろしい、僕に任せておいて下さい。」
そしてまた、約束のしるしの冷いキスをした。
それだけで、そして酒を飲むだけで、温い情愛は湧いてこなかった。
≪俺はまったくどうかしてるようだ。なぜ彼女をやさしくいたわってやれないのか。自分自身をやさしくいたわってやれないのか。これはまさしく肝臓のせいだ。肝臓がどこか悪いのだ。肝臓の悪い肉体なんか、ちきしょう、打っちゃってしまえ。≫
木山は不快な気分に陥っていった。女中が風呂のことを聞きに来たが、彼は一言で断った。
由美子ももう言葉少なになり、へんに打ち沈んでいた。
「今日は、これで帰ることにしましょうか。ちょっと、用もありますから。」
「そうですね。僕も、もうちょっと飲んでから、そうだ、出かけることにしよう。」
あやふやな話のまま、自動車を呼んで、由美子は先に帰っていった。
「二三日のうち、またお目にかかれますかしら。」
「ええ、いつでも、明日でもよろしい。お電話下さい。」
「こんどは、の
前へ
次へ
全13ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング