がぼーっと明るいのは、月の光りがさしていたのでしょうか。
そのような霧を、私は夢で見たような気がします。濃い深い霧で、少しも動かず、遠くまで、高くまで、じっと淀み湛えているのです。月はどこにあるのか分らず、ただぼーと霧の中が明るいだけです。
小さな道を行き、少しく上ると、河の堤防の上に出ます。
河の水は、霧の下を、音もなく流れていますが、見通しは利きません。遠くで、太鼓の音がしていました。この夜更けに、お祭りの太鼓をまだ打っているのでしょうか。そのかすかな音に、ぼんやり耳をかしていますと、あの男くさい家も、空気もだんだん遠くへ退いてゆくようで、気持ちも落着いてきました。私は堤防をかみへ歩いてゆきました。
轍のあとが少しついてるきりの、広々とした堤防です。木立もなく、草原だけで、春草はまだ臭を出していません。何にもなく、人影もなく、ただ深い静かな霧が一面にかけています。
その霧の中から、気づかぬまに、何かの形が浮き出していました。それとははっきり気をつけて見た時には、もう人の姿となっていました。堤防の上ではなく河の上を、こちらへ徐々に近づいてきます。見覚えというほどのものでは
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