た。
女――そんなら、なぜあたしは五回まで延したんでしょう。三回でうち切ってもよかった筈です。
男――十回まで延せばよかったんだ。
女――三回でうち切ってもよかった筈です。
男――お前が早すぎたし、僕が遅すぎたんだ。然し、この石はいつまでも待っていてくれた。まだこれから後も待っていてくれることだろう。ねえ狸公、お前は待っていてくれるね。千回でも万回でも十を数えていてくれるね。
女――それとも、ねえ狸さん、三回でうち切りますか。
狸石――十を数えるなんて、そんなばかなこと、わしはしないね。
驚くべきことには、狸石が呟くように口を利いて、頭を振った。男も黙り、女も黙り、そして淡い月も雲がかけて、ひっそりと暗くなった。とたんに、青白い鬼火がどろどろと燃えた。その明るみで見ると、男女二人の姿はいつしか消え失せ、狸石だけがとぼけた顔で空を仰いでいた。
それから数日後、いつ誰がしたのか分らないが、大きな狸石をはじめ、その辺に転っていた石塊は、すっかり何処へか持ち運ばれてしまい、雑草は抜かれ、きれいに地均しされた。やがては人家が建てられることだろう。狸石ももう人目にふれず、忘れられて
前へ
次へ
全8ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング