した。
 御隠居は二人の話をにこにこして聞いていましたが、やがてこう言いました。
「それは中々おもしろい狸だな」
「おもしろい所じゃございません」と二人は言いました。「しゃくに障《さわ》ってたまらないんです」
「じゃあ一つ、わしがそれを生捕《いけど》ってあげよう。そのかわり、ほんとに生捕ることが出来たら、手荒なことをしないで、万事《ばんじ》わしに任《まか》してくれるかね」
 二人は承知しました。
 その晩月が出るのを待って、三人は八幡様《はちまんさま》へ出かけました。次郎七と五郎八とは縄《なわ》を持ち、老人は南天《なんてん》の木の枝を杖《つえ》についていました。
 椋《むく》の木の所へ行って見上げると、椋鳥《むくどり》も何にもとまっていないで、ただわずかな葉が淋しそうについているきりでした。
「畜生《ちくしょう》、今晩は出ないのかな」
「まあ待っていなさい、今におもしろいことになるから」と老人は言いました。
 やがて老人は、じっと椋の木を見上げながら、大きな声で言いました。
「それ、木の葉が小鳥になった!」
 するとその言葉通りに、椋の葉が皆椋鳥になってしまいました。
 老人は暫《しばら》くしてまた言いました。
「それ、狸《たぬき》が姿を現わした!」
 するとその通りに、椋の枝に上ってる狸の姿が見えてきました。
 老人はまた言いました。
「それ、狸が腹鼓《はらづつみ》をうちだした!」
 狸は月に向かって腹鼓をうちだしました。
 次郎七と五郎八とは、今度は御隠居《ごいんきょ》に化《ば》かされてるような気持ちになって、腹鼓をうってる狸とにこにこ笑ってる老人とをかわるがわる見比べていました。老人はその二人の耳に、こんなことをささやきました。
「狸《たぬき》は何でも人の言う通りになると聞いていたが、なるほど本当だな。お前さん達は、あべこべに向こうの言う通りになるから化《ば》かされるのだ。まあ見ていなさい。今に狸が死んだふりをして落ちてくるから、そうしたら、縄《なわ》で縛り上げるがよい」
 しばらくして老人は、南天《なんてん》の杖《つえ》をふり上げて、非常に大きな声で叫びました。
「それ、狸が死んで落っこった!」
 すると、今まで腹鼓《はらづつみ》をうっていた狸は、にわかに死んだ真似《まね》をして、椋の木から落ちてきました。
 次郎七と五郎八とはすぐに駆け寄って、縄で縛り上げ
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