くあるように、正枝の室にも、裾を引いた美しい衣裳を重ね着してる大きな童女の人形が、硝子箱に納まって、床の片隅に置いてあった。その大事な人形が、箱からぬけ出して消えてしまったのである。これには正枝は、赤ん坊の死体などのことよりも騒ぎたて、真赤になってアパート中をかき廻した。
そのことを聞いて、李が正枝に詫びた。庭の裸人形の件は、全く李の悪戯で、知人の家の大掃除の手伝いの折、がらくた物の中から右の古人形を見つけ、水で洗ってきれいにし、正枝をおどかすつもりで狂言をやったのだった。然し、正枝の室の立派な人形のことなんか全然思ってもみなかったし、まして盗み心なんか起しもしなかった。
「悪戯のことはお詫びします。けれど、おばさんの人形を盗んだのは僕でありません。疑をかけられたら、僕は生きておられません。腹を切って死にます。」
李が真剣にそう云うのへ、正枝はやさしい笑顔で報いた。
「あなたを疑ぐりはしませんよ。」
「本当に信じて下さい。疑われるほどなら、僕は死んでしまいます。」
そして正枝は李を慰めてやり、うまい菓子をもてなしてやらねばならなかった。
正枝の人形は遂に行方不明に終った。
人
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