者もなく、首を傾げて人形を見つめていた。
 そこへ、いつのまにやって来たか、別所が蒼ざめた顔に眼を見据えていたが、不意に笑いだし、椿の茂みをくぐって、建物の壁の根本につんであった煉瓦を三つ抱えてきて、物も言わず、それを人形の上に投げつけた。一つは外れたが、二つは的中して、人形は首が飛び、胴体に穴があき、足が一本折れた。ところが、そのばらばらな人形が却って不気味になり、三個の煉瓦がいやな風情を添え、それにまた、へんに椿の落花がそこいらに多くて、ぼたりと落ちてるのが、古いのは腐爛を思わせ、新らしいのは血潮を思わせた。
「片附けておきなさい。」
 半ばはチヨに、半ばは誰にともなく、正枝は云いすてて、眉をひそめて立去っていった。
 別所は人形に煉瓦を投げつけてから、血の気の引いた顔に硬ばった皺を寄せ、石のようにつっ立っていたが、李にさえ言葉もかけず目も向けずに、すーっと自室へ戻っていった。
 暫くたってから、李が笑い出したのにつれて他の人々も笑いだし、煉瓦を片附け、壊れた人形を拾って塵箱に捨てた。
 それだけならただ笑い話だが、その日の午後、正枝の室から人形が紛失した。独り者の年増婦人の室によ
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