はへんに頭に響いた。
その夜、これは後で知ったことだが、野田沢子がじみな和服を着て別所を訪ねて来、別所の不在をきいて眉をひそめ、用があると昼間から打合せてあるのにと云い、帰りを待つとて李の室にあがりこんだ。それから二人で正枝のところに来て、賑かにトランプなんかして、十時すぎに沢子は帰っていった。別所と沢子は許婚の間柄だと李が吹聴していたものだから、正枝は沢子を好遇していたし、その晩も、菓子や果物などでもてなしたのだった。
ところで、不思議な事件のことだが、それ自体はさほど重大なものではない。それを最初に見つけたのは李であった。李は時折早起きしては、アパートの東側の崖上の空地に出て、朝の冷気のなかで、陽を浴びたり体操の真似事みたいなことをしたりして、少時を楽しむことがあった。その朝も彼は早く起き出して、どんよりした曇り空ではあったが、空地に出て行き、暫く歩いてるらしかったが、俄に駆け戻ってきて、女中のキヨに手真似で変事を知らせ、正枝の室の扉を打ち叩いて叫んだ。
「大変です。早く起きて下さい。赤ん坊の死体がころがっています。」
うとうとしていた正枝は、赤ん坊の死体ときいてびっくりし、
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