たが、然し、私の頭には別な事柄が残った。どこかの室に、夜通し灯火がついていたり、夜通し人影一つささないというのは、何かのことでもあり得るものであるが、その「夜通し」ということを、誰が一体見極めたのか、別所が見極めたとすれば、別所は夜通し起きていたということになる。或は、一夜は一時頃に、一夜は二時頃にという風に、数夜を費しての結論であるとするも、そんなばかげたことをしたとすれば猶更おかしい。いずれにせよ、別所はその頃よく眠らなかったものらしく、実は何を悩んでいたのであろうか。
それはとにかく、事件の前夜、私は別所と妙な逢い方をした。
その夜、私は久しぶりに数名の友人と飲み且つ談じ且つ飲んで、相当に酔っていた。酔ってから深夜の街路を彷徨する楽しみは、多くの飲酒家の癖で、私も多分にもれず、自宅もさほど遠くないものだから、ぶらぶら歩いて帰ってきた。もう人通りも極めて少く、電車もなく、春の冷々とした夜気が肌に快かった。電車通りからそれて暫く行くと、神社のわきに出る。そこには、低い石柱に二本の鉄鎖を渡した柵が、道路と神社の境内とを区切っている。
その柵の鉄鎖に、一人の男が腰をかけて、丁度ぶら
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