寝間着の上に羽織をひっかけて飛びだしてきた。李が先に立って空地の方へ行くのに、正枝とキヨがすぐ後に随い、他に止宿人の男女二人も声をききつけて、おくれてついて来た。そして空地の片側、建物よりに椿の木が立並んでるその下蔭のところに、李が指し示すまま、皆の視線は注がれた。そこには雑草が生え、椿の赤い花が落ち散ってるなかに、まっ白な小さな肌がなまなましく見えていた。曇り日の早朝の仄白い明るみが、その白い肌を不気味に露出さしていた。李は立止ってじっと眺めていたが、正枝と二人の止宿人とは、ひとかたまりになって、一歩二歩近づいていった。その死体の方へと強い糸で引きずられるようだった。
「なあーんだ……これは……。」
 ふと、一人が嘆声めいた声を立てた。覗きこんでみると、死体と見えたのは人形らしかった。
「人形じゃありませんか。」と正枝が云った。
「え、人形……。」
 あとから李が叫んで駆け寄った。そして五人いっしょに立並んで、じっと瞳を凝らすと、まさしくそれは大きな裸の人形で、俯向きに草のなかに放りだしてあり、頭のおかっぱの毛がちょっぴり見えていた。それでも一同は、なんだかまだ気味わるく、手出しする者もなく、首を傾げて人形を見つめていた。
 そこへ、いつのまにやって来たか、別所が蒼ざめた顔に眼を見据えていたが、不意に笑いだし、椿の茂みをくぐって、建物の壁の根本につんであった煉瓦を三つ抱えてきて、物も言わず、それを人形の上に投げつけた。一つは外れたが、二つは的中して、人形は首が飛び、胴体に穴があき、足が一本折れた。ところが、そのばらばらな人形が却って不気味になり、三個の煉瓦がいやな風情を添え、それにまた、へんに椿の落花がそこいらに多くて、ぼたりと落ちてるのが、古いのは腐爛を思わせ、新らしいのは血潮を思わせた。
「片附けておきなさい。」
 半ばはチヨに、半ばは誰にともなく、正枝は云いすてて、眉をひそめて立去っていった。
 別所は人形に煉瓦を投げつけてから、血の気の引いた顔に硬ばった皺を寄せ、石のようにつっ立っていたが、李にさえ言葉もかけず目も向けずに、すーっと自室へ戻っていった。
 暫くたってから、李が笑い出したのにつれて他の人々も笑いだし、煉瓦を片附け、壊れた人形を拾って塵箱に捨てた。
 それだけならただ笑い話だが、その日の午後、正枝の室から人形が紛失した。独り者の年増婦人の室によ
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