感だの、そうした超自然的なことは信ぜられないとしても、父親の指跡の残ってる鋼鉄が、或は単に鋼鉄が、彼になにかよい影響を与えるかも知れない。
 愛するものには、そうした空想も許されるだろう。

 川村さんはそこで話をうちきった。
 ここで一寸断っておきたいのは、実は右の話の中途に、小鈴がやって来ていたのである。川村さんの話の腰を折らないために、筆者はわざと黙っておいたが、一時話が途切れて、三人の間に短い対話があった。小鈴は良一に向って、いきなり、先日は……と挨拶をした。川村さんの家の時とちがって、彼の表情がひどく自由で活溌だった。がやがて、川村さんはまた話を続けて、小鈴の存在をまるで気にかけない調子に戻った。小鈴は黙ってお酌をしていた。
「愛する者には、そうした空想も許されるだろう。」と最後に云って川村さんが口を噤んでしまった時、良一は実に変な気がした。小鈴はじっとうつむいていた。額に勝気らしい嶮があり、口もとに大まかな愛嬌があって、すずしい小さな眼をした、大柄な顔立だったが、その真白な顔が電燈の光を斜に受けて、何かじっと考えこんでいるらしいのを見ると、良一は気懸りになった。竹山たちより
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