「用心していて下さい。」
「ああ、大丈夫だ。まあ飲めよ。」
 そして、不思議なことには、竹山が落付いてくるにつれて、川村さんの方が何か気懸りらしく、竹山の様子をそれとなく観察しだしたのだった。それと共に、妙に考えこんで、憂欝な影が眼の中にさしてきた。
「どうだい、お母さんは……。」
「ええ、母は……。」
 云いかけて竹山は、ふいに思いだしたように、あらたまってお辞儀をして、先刻の届物の礼を述べた。
「ほんとに喜んでいました。涙ぐんでいました。……そうだ、私を待ってるんです。もう用はありませんね。」
「まあ飲んでいけよ。」
「また来ます。母が待ってるんです。」
 そして竹山は、も一度室の中を見廻したが、立上ったとたんに、違い棚の方へ眼をつけて、つかつかと寄っていった。その時、川村さんははっと顔色をかえた。
「それ、いけない。」
 川村さんが叫んでつっ立った時、竹山の手には、違い棚の上の小さな袱紗づつみが握られていた。
 とっさの出来事で、良一には訳が分らなかったが、やがて川村さんが諦めたように席についた時には、竹山の手の中で、袱紗づつみがとけて、小さな拳銃が光っていた。彼の眼は全く狂
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