てるのか、ことりとの物音もしなかった。写真の顔の列が浮上ってきて、良一は不気味な気持で、眼をそらした。
表の格子戸が、ばかに大きな音をたてて開かれた時、良一はほっと息をついた。その瞬間、茂樹は夢からさめたようにあたりを見廻し、おびえた様子で、手早く、写真を片付け初めた。不意に盗人にでも襲われたような慌てかたで、眼付が荒々しく、手がおののいていた。
玄関で、母親が誰かに応対していたが、やがて、茂樹を呼ぶ声がした。茂樹は返事もせず、写真を箱にしまってから、その箱をまた戸棚にしまい、そして出ていった。
良一はひとり取残されてぼんやりしていた。暫くたつと、茂樹がとびこんできて、彼の耳に囁いた。
「川村さんが来ています。ひょっとすると、くるかも知れません。すぐに出かけましょう。」
さも秘密らしく囁いて、じっと良一の顔をのぞきこんでくるのだった。
「母にはないしょにしといて下さい。心配するといけないから。」
良一は彼の顔を見返したが、何にもよみとることが出来なかった。ともかく、立上って、すぐ玄関に出てみたが、そこには誰もいなかった。
引返してくると、母親は丁寧に挨拶をした。
「もうお帰
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