からの欲求なんだ。一歩の差で、どんな善行にもどんな悪行にもなりそうな堺目なんだ。そして顔には、或る云い知れぬ輝きがあった。僕はそれに逆らわないで、拳銃を預ることにした。
 それでも、彼に対する最初の動物的な本能的な反感は、どうしても消えなかった。それは単に彼の容貌や態度から来るものではないらしい。この点では、竹山茂樹の好悪の研究など、浅薄なものとなる。それよりももっと根深いものなんだ。
 僕は両方の気持に板挾みになって、それでも、彼の慾求に逆らえなかった。近日中に茂樹に逢えるように取計ってやろうと約束した。
 彼が[#「彼が」は底本では「僕が」]帰ったあとで、僕は底の知れない夢想に沈んだ。酒をのんだ。それからふと思いついて、茂樹の母親へ、料理物を届けてやった。あの母親のことを考えると、何かしら気持がやわらぐのだ。
 それから、君達が来て、あの通りの仕末だ。竹山の敏感さにも驚かされる。スパイだのハラゴンだの、見当はちがっていたが、とうとうあの拳銃を見つけてしまった。
 だが、僕はもうわりに楽観している。父親が心をこめたるあの拳銃だ。それが何かの影響を竹山に及ぼすかも知れない。感応だの、霊感だの、そうした超自然的なことは信ぜられないとしても、父親の指跡の残ってる鋼鉄が、或は単に鋼鉄が、彼になにかよい影響を与えるかも知れない。
 愛するものには、そうした空想も許されるだろう。

 川村さんはそこで話をうちきった。
 ここで一寸断っておきたいのは、実は右の話の中途に、小鈴がやって来ていたのである。川村さんの話の腰を折らないために、筆者はわざと黙っておいたが、一時話が途切れて、三人の間に短い対話があった。小鈴は良一に向って、いきなり、先日は……と挨拶をした。川村さんの家の時とちがって、彼の表情がひどく自由で活溌だった。がやがて、川村さんはまた話を続けて、小鈴の存在をまるで気にかけない調子に戻った。小鈴は黙ってお酌をしていた。
「愛する者には、そうした空想も許されるだろう。」と最後に云って川村さんが口を噤んでしまった時、良一は実に変な気がした。小鈴はじっとうつむいていた。額に勝気らしい嶮があり、口もとに大まかな愛嬌があって、すずしい小さな眼をした、大柄な顔立だったが、その真白な顔が電燈の光を斜に受けて、何かじっと考えこんでいるらしいのを見ると、良一は気懸りになった。竹山たちより
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