人らしく没表情にこわばって、その眼には底知れぬ疑惑の念がこもっていた。
「まあ坐り給え、話してあげよう。」
 川村さんの声には、先刻の慌てた様子とちがって、人を威圧するようなものがあった。
 竹山は拳銃を握ったまま、黙って席についた。
「それは、さきほど、或る人から預ったものなんだ。その人は、大変悲しいことがあって、自殺しようとまでした。然し思い返して、不用になったその拳銃を、僕に当分預けた。僕にとっては、それは大事な預り物なんだ。嘘ではない。君は僕を信頼してるなら、その信頼にちかって、嘘は云わない。信じてくれ。」
 その、川村さんの言葉には、心からの誠実がこもっていた。それにうたれてか、竹山は静にうなだれていた。それからきっと顔を上げた。
「私に預らして下さい。」
 二人はじっと眼を見合った。魂と魂とがじかにふれあうような見合いかただった。
「よろしい。」とやがて川村さんは云った。「その代り、誓ってくれるだろうね。君の全心をあげて誓ってくれ。それを決して使わないで、ただ預っておくだけだと……。」
「よく分りました。誓います。」
「お母さんに対する君の心にかけても、誓うかね。」
「はい。」
 厳粛だとさえ云えるほどの情景だった。良一は心打たれてただじっと坐っていた。川村さんと竹山とは、いつまでも黙っていた。やがて、竹山はふいに、眼をくるくるさした。
「母が待ってるから、行ってやりましょう。」
 そしてもう彼はけろりとして、無雑作に拳銃を弾丸《たま》らしい紙箱と共に袱紗にくるんで、ポケットにつっこんだ。
「お母さんによろしく。」
「ええ。」
 竹山は朗かな微笑を浮べて、出て行った。
 川村さんはその後ろ姿を見送ったきり、黙って考えこんでしまった。いつもの呑気な調子とはすっかり違っていた。良一は何とも言葉が出なくて、火鉢の火を見つめていた。暫くたって、川村さんは一つ大きく息をしてから、杯をとりあげ、不思議そうに良一を見まもった。
「君は、竹山と前から懇意なのかい。」
 川村さんの眼にはもう、穏かな色がただよっていた。それを見て、良一はかすかな微笑を浮べた。
「今日知り合になったばかりです。」
「今日……。」
「ええ。」
 そこで良一は、川村さんの家の前で竹山に出逢った時からことを、あらまし話した。
「そうか、そして君は、あの男のことをどう思う。」
「どうって……。」

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