人たちのためになることだから、私は決心をした。大津の町のお金持で、この屋敷《やしき》を売ってくれるなら、お金はいくらでも出そうという人がある。それも、こちらでお金ができたら、いつでもまた買いもどしてよいという約束だ。だから、一時、この屋敷をお金にかえたいと思うが、どうだろうか」
 顔丸の丸彦は、野原や山をとびまわることがすきで、家や屋敷《やしき》などはなんとも思っていませんでしたから、すぐに答えました。
「そうです。お金にかえておしまいなさい。またあとで、買いもどせばよろしいでしょう」
 それで、すぐに話はきまりましたが、ただ[#「ましたが、ただ」は底本では「ましたが。ただ」]一つ、困ったことがありました。
 その屋敷の庭のかたすみに、大きな梅《うめ》の木が一本ありました。その梅の木について、ふたりのお母さんが、亡くなる時、ふたりを枕《まくら》もとに呼んで、くれぐれもいい残したことがありました。
「あの梅の木は、とてもたいせつな木です。それですから、もしもよそへひき移るようなことがありましたら、あの木だけはかならず、ほかの人にたのまず、あなたたちふたりで、よく掘りおこして、枯れないよう
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