男の心を惹かないこともない。大柄だから小鳥とはおかしいにしても、もしも単に鳥であったならば、その鳥籠を平地に設けてくれる者がないとも限らない。だが彼女には、横着とも捨鉢とも見えるような鈍重さがある。肉体的な重みだ。昔は、かりにも「バー」と名のつく店の「マダム」は、何等かそれ相当なたしなみや気転を備えていたものだが、敗戦後はたいてい、「酒場のお上さん」となってしまった。つまり肉体がまる出しになったのだ。喜久子も、スタンドの向うにのんびり構えて、大きく二重にふくらました前髪を額の上にのっけ、大きな乳房を乳当もせずにぶらさげ、下品な耳朶を若い男にしゃぶらせている。――もっとも、閏房などでなく店先で、彼女の耳を舐めるような芸当は、中野以外の者にはなかなか出来なかろう。
あの晩、おれは、中野の言語素振りに殊に気を引かれた。――いつしかおれ達だけになって、喜久子もいっしょに、三人でビールやウイスキーを飲んでいた。彼女は客の杯を受けることはあまりなかったが、時刻がたって馴染みの者ばかりになると、ずいぶん飲んだ。ビルの屋上のちょっと厄介な場所なので、店開けは早かったが、九時過ぎにはもう客足は絶えるの
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