てうとうとしたらしい。
眼を開くと、壮麗な朝焼、冷たい露、まるで別な世界だ。ふしぎと宿酔の気持ちもない。おれはもうこれで、喜久子から離れ去ろうと思う。ここの酒場に来ないというのではない。ただ、彼女の体温から離脱したいのだ。このような盲目の愛情を、おれの魂はもう荷いきれなくなった。而もどれだけの愛情か。彼女はおれとのことを真剣だと言った。また、或る抱擁の瞬間、彼女は呻いて、あんたが一番好きと言った。そのような言葉を嘗て、彼女は誰にも言わなかったであろうか、また、今後誰にも言わないであろうか。否、と黎明は答える。
朝焼けの色彩は、もう次第に薄らぎ、白銀色にいぶされて、地平の彼方には太陽の光線も立ち昇っていることであろう。
喜久子の体温への別れの言葉を、おれは探し求めた。だがそれは見つからなかった。僕は君を本当に愛していなかった、と言えば嘘になる。もう君に倦きた、と言っても嘘になる。君の乳房の中で僕は窒息しそうだ、と言えば本当だが、彼女には恐らく意味が通じなかろう。いっそ、何にも言わないことにしよう。中野のことなどは、これから勇敢に無視するだけだ。
おれは立ち上って伸びをした。背筋が
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