る箇所が、しきりにギイギイ鳴るのである。そのうちに音はやんだ。ところが、翌日の夜、こんどは餉台が鳴りだした。漆ぬりの丈夫な餉台で、どこにも異状はないのに、ただギイギイ鳴ってやまない。やがて横手の柱も鳴りだした。それが十分間ばかり続いた。その翌日の夕方、夕食の餉台に向うと、突然、脇息が鳴りだした。これには私達も驚いて、思わず腰を浮かした。そういうことが、村松君の室にも起るし、隣りの私の室にも起った。――これだけならば、全くの化物屋敷だ。
 このギイギイ鳴る音の本体は、木材の中に住んでる虫であった。立木のしんをかじる鉄砲虫の幼虫のことは私も知っている。その幼虫に似た虫だそうだが、柱や家具などの乾燥した木材の中に育ってその中身を食い荒す虫のことを、私はまだ聞いたことがない。昆虫学者に尋ねてみる隙も未だ持たない。ただ、あのままではあの家はあの虫に食いつぶされるだろう、とそう思われるのである。
 この虫の印象は、なにか不吉なものを持っている。茲で私は、台湾が自身を食いつぶす虫を身内に持っていると、そんなことを諷諭するつもりでは決してない。かかる虫をさえも駆除しないという、その怠慢さが気になるのである。何か熱情の足りなさが気になるのである。
 ここに、雑多な印象が一度に蘇ってくる。
 台湾では、耕作には主に水牛を使っている。これは甚だ便利な動物である。野外に眠るし、炎暑の折は水に浴するし、食料としては穀物を与えずとも野草で足りる。その上に肥料を供給してくれる。――だが、稲田で除草をしてる本島人の姿は奇である。彼等は内地人のような屈み方ではなく、泥の中に膝ついて、膝頭でのろのろと匍っている。
 本島人の飲食店は、すべて支那風で、見たところ乱雑であるが、然し食器類を熱湯で洗う衛生的な習慣は、本格的なところで守られている。――だが、感覚は鈍い。裏町の狭小な門口に、土の凸凹があっても、それを鍬で平らにすることなく、大きな石が転っていても、それをなかなか取除けない。かかる無関心さは徹底的である。
 台北にはうまい食物市場がある。江山棲前市場には、毎夜、百以上の屋台店が並んで、鶏肉や魚肉や豚の耳などが豊富にある。永楽市場の一隅にも、毎昼、豊富な屋台店が出る。ここで飲食してる本島人の生活力が思われる。――だが、本島人の上流階級はなかなかこんな場所に立寄らない。内地人も全体的にそうである。普通
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