のに応じて、美津子との破談の理由を打ち明けた。白壁造りの普請のことは、口に上る隙がなかったらしい。材木代や建築費はさし当って木村が立替えておいてもよいが、見積り金額の借用証を一札入れて貰いたく、ついては、昔から知り合いの間柄ではあるが、確実を期するため、白井家の現在の土蔵と地所とに抵当権を設定さして貰いたく、その代り利子はいらない、という条件に、カヨは腹を立てたのである。つまり抵当云々が気に入らないのだ。その地所、殊に土蔵は、彼女の唯一の棲息場所であり、白井家の家名を担ってるものである。それを抵当とは、とんでもないことだ。
 桂介は意外だった。抵当の条件は、美津子からちょっと聞いてはいたが、一時のこととして、気にも止めなかった。家屋や地所がカヨの名儀であることさえ思い浮べなかった。抵当に入れたらそのまま騙り取られるもののように、彼女は思ってるのであろうか。
「わたしはもう決して、実印のはんこはおしませんよ。ほかに使うものも無くなったし、この家きりだから、実印はどこかに捨ててしまいます。」
 彼女名儀の株券などがまだ残っていた頃、それを売り払うのに、彼女は実印を桂介に預け放しだった。とこ
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