窓にさす影
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]
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祖母の病気、その臨終、葬式、初七日と、あわただしい日ばかり続く。私はまだ女学生のこととて、責任ある仕事は持たなかったが、いろいろなことをお手伝いしなければならなかった。その合間に、ほっと息をつくと、窓の方が気にかかるのだった。
窓というものは、たいてい同じようなもので、特別に変ったのは殆んどない。私の室にある窓もごく普通なもの。南向きの縁側の左の端が私の室で、室内の左手、東側に、地袋があり、その地袋の上の棚から鴨居の高さまでが、窓になっている。地袋の棚には、人形、木彫細工、貝殼、大小さまざまな箱、硯箱など、ごたごたと私は並べている。その後ろが窓で細い桟がたくさんはいっており、磨硝子がはめこんである。磨硝子だから外は見えないし、外から室内も見えない。その小さな硝子戸が二枚、そして雨戸が二枚、その先は庭である。
この窓が、どうして気にかかるようになったか。事の起りは、ごくつまらない、そしてちょっと極り悪いことからだった。
私の頭の中に、いつとなく、へんな話がこびりついていた。それを私は、何かの昔話の中で読んだのか、何かの物語の中で読んだのか、誰からか聞いたのか、または夢にでもみたのか、自分でもさっぱり分らないのだから、不思議である。でも、起源がどこにあるにせよ、その話は私の頭にはっきり刻まれていた。
――むかし、だかいつだか、深く愛し合ってる男女があった。二人だけで、互に頼りにして、一緒に暮していた。夜も、一つ室に床を並べて寝た。夜中に眼を覚すと、どちらも、相手がそこに寝ているかどうか確かめるために、手を伸ばして相手の顔を撫で、そして安心してまた眠った。
――或る夜、男が眼を覚して、いつもの通り、手を伸ばして女の顔を撫でてみた。すると、その顔には眼も鼻も口もなく、のっぺらぽうだった。男はびっくりして、立ち上り、電燈をぱっとつけた。(この電燈のことが、昔話にしてはおかしいけれど、私の頭の中でははっきり電燈なのだから、それを信ずるより外はない。)
――電燈をつけて、見ると、女の顔はいつもの通りだった。そして眼をうすく開いて、男をけげんそうに見上げながら、やさしく頬笑んだ。男は安心して、電燈を消して寝た。
――或る夜、こんどは女が眼を覚して、手を伸ばして男の顔を撫でてみた。すると、その顔には眼も鼻も口もなく、のっぺらぽうだった。女はびっくりして、立ち上り、電燈をぱっとつけた。見ると、男の顔はいつもの通りで、しかも薄眼を開いて、女をけげんそうに見上げながら、やさしく頬笑んだ。女は安心して、電燈を消して寝た。
――そのようなことが何度かあった。そして男の方も女の方も、相手の顔が時々のっぺらぽうになるのは、あまりその顔を撫ですぎたからだと考えた。けれど、その顔のことや自分の考えのことは、胸の中に秘めて、相手には打ち明けなかった。そして次第に、夜眼を覚しても、相手の顔を撫でなくなった。
それだけの話なのである。けれど、つまらない話だといくら思っても、私の頭からそれが消えなかった。ばかりでなく、私は実際、のっぺらぽうの顔を見た。
その晩、祖母の気分がだいぶよいようだから、私は自分の室にはいって、久しぶりに、ドストエフスキーの飜訳小説の続きを読んだ。けれど、睡眠不足が重っていて、頭が冴えないので、早めに寝た。鏡台も机も縁側の方を向いており、蒲団も縁側の方を頭にして敷くことになっている。それで、横向きに寝ると、窓が真正面に見える。暫くとろとろとして何かの気配に眼を開いてみたら、窓の硝子戸の一枚だけが、ぼーっと明るかった。その明るいところに、なんだか物影がさしていた。見ていると、物影は伸び上って、それが、眼も鼻も口もないのっぺらぽうの顔だった。
私はぞっとして、蒲団を被り、息を凝らした。やがて、ばかばかしいと反省して、蒲団から覗き出してみると、のっぺらぽうの顔は消えていて、硝子戸の一枚はやはりぼーっと明るかった。そこの雨戸一枚を閉め忘れてることが分った。物影は何かの錯覚だったのだろう。
けれども私は、それからは、二ワットの小さな電球をつけて寝ることにした。外を明るく屋内を暗く、という盗難よけの法を守っていたが、盗難よりものっぺらぽうの影の方が気味わるかった。
そんなことのために、あの話がなお深く頭にくい込んできた。それを追い払うには、話の出所を確かめるのが第一だし、学校で、国語の先生か英語の先生かに尋ねてみようと思った。けれど、いざとなると、気恥しくて口に出せなかった。父にも母にも尋ねかねた。
しまいに私は、祖母に打ち明けてみることにした。小さい時から私は、祖母に一番甘ったれていたし、祖母には何でも打ち明けられたし、祖母も私を一番可愛がっていた。けれど今、祖母は重い病気で寝ている。悪いことだけれど、折を窺わねばならなかった。
看護婦がお風呂にはいっており、病室には他に誰もいず、そして祖母の気分もよさそうな時、私は言い出してみた。
「お祖母さま、あたしね、面白い話を考えついたのよ。」
祖母は弱々しい微笑を浮べた。
「どんなこと。話してごらんなさい。」
「あたしが考え出したのか、何かで読んだのか、それは分らないけれど……。」
私はへんに頬が熱くなる思いだった。それを押し切って、のっぺらぽうの顔の話をした。やはり男と女のことにはしたが、愛し合ってるということは省いた。
祖母はかすかに頷きながら聞いてくれたが、話がすんでも何とも言わなかった。
「ね、お祖母さま、こんな話、どこかでお聞きなすったことありませんの。」
祖母は頭を振って、天井の方へ眼をやっていたが、暫くして言った。
「あんたが拵えたのでないとすると、そのお話は、日本のものより、西洋のものらしいね。それとも、あんたが拵えたの。」
祖母は私の方へ顔を向けて、私をしげしげと見た。私は気恥しくなって、言い直した。
「分ったわ。やっぱり、あたしが拵え出した話じゃないの。その証拠には、ね、お祖母さま……。」
私はとうとう、窓にさした物影、のっぺらぽうの顔のことを、打ち明けてしまった。
祖母はちらと眉根を寄せて、溜息をつくように言った。
「そんなのは、いけないよ。」
それから、また天井の方へ眼をやった。
「のっぺらぽうのことなんか、忘れてしまいなさい。そのお話、だいたい、理屈っぽいよ。のっぺらぽうよりか、一つ目小僧とか、三つ目小僧とかの方が、愛嬌があっていい。一つ目小僧や三つ目小僧のお話なら、いくらもあるでしょう。楽しいことを考えるんだよ。気持ちをらくに持ちなさい。そうでなくても、あんた、神経が少しくたぶれてるからね。あたしのことにいろいろ気を使って、看護婦よりもよく世話してくれるものね。あ、そうそう、約束してあげましょう。のっぺらぽうのことなんか忘れてしまったら、そしたら、わたしが亡くなったあと、あの窓の硝子に、わたしのにこにこしてる顔を映してみせるよ。待っといで、きっとそうしてみせるから。その代り、気味わるいことなんか忘れてしまうんだよ。」
私は涙ぐんでしまった。
「いや、いやよ、そんなこと仰言っちゃ。」
祖母は腑に落ちない風だった。
「なにが、いやなの。」
「亡くなるなんて、そんなこといや。いいえ、きっとお癒りになるわ。お癒ししてみせるわ。あたし、学校を休んでも、どんなことしてでも、きっとお癒しするわ。」
私は顔を伏せてすすり泣いた。
「でもねえ、人にはその人の寿命というものがあるからね。」
祖母はもう覚悟していたのであろう。七十五歳の高齢で、そして老衰病だった。それから十日とたたないうちに、安らかに息を引き取ったのである。
祖母の衰弱が甚しくなると、私は気が気でなかった。学校も休んで看病の手伝いをした。兄は毎日会社に出かけたし、父もたいてい出かけた。母は見舞客の応対や家事のことに忙しく、女中も多忙だった。看護婦だけでは手が廻りかね、私は病室につきっきりのことが多かった。
そして私は、のっぺらぽうの方へあまり気を取られずにすんだ。その上、極力それを忘れようと勉めた。けれど、変なことが起った。
自分の室で、髪を直したり、着物を着換えたり、一休みしたりするような時、ふと窓の方を顧みて、はっとすることがあった。その窓の磨硝子に、何か物影がさしてるのである。何物とも知れぬこともあり、自分の姿だと分ることもあり、のっぺらぽうが自分の姿に重ってると思われることもあった。たいてい、うっかりしてる油断の隙間にそれが現われて、すぐに消えた。私は自宅では和服のことが多かったし、忙しくなると着物を衣紋竹に掛けておくこともよくあったが、その自分の着物までが気味わるく思われて、出来るだけたたんでおくことにした。衣紋竹の着物が窓硝子に映るわけでもなかったが、用心しなければいけないという気持ちだった。
祖母が亡くなってからは、そういう気持ちが一層嵩じた。
祖母の死から、私は心身に直接の打撃を受けた。嘗て姉が病死したことがあるが、まだ私は幼く、大して深い感銘は受けなかった。祖母の死に接しては、身にも心にも、大きな穴があいた感じだった。
身内にあいたその穴の方へ、私の思いは引きずり込まれがちだった。そしてぼんやりした空虚な時間がまま起った。そのような時、室の窓硝子に何かの影が現われ、すぐ消えはしたが、はっと私を驚かした。
他人は気付かなかったかも知れないが、いけないことが幾つもあった。
葬儀の前、祭壇は美しく飾られ、上方に祖母の写真が立てかけてあった。その引き伸しの大きな写真が、どうしたことか、前に倒れて、表面の硝子にひびがはいった。この方が、硝子が光らず、写真がよく見えて、却っていい、と兄は言って、硝子を取り除けてしまった。私は嫌な気がした。
祭壇が出来る前、家の三毛猫が、室にのっそりはいって来た。N叔父さんが、眼を怒らして叱り、猫を追い出して、死人の室に猫を入れてはだめだ、と言った。そのことが私にはとても嫌だった。
柩を運び出す時、幾人ものひとが手をかけていて、どうしたはずみか、柩が前後にだいぶ傾いた。真直に、真直に持って、と兄が注意した。そのこと全体が私にはひどく嫌だった。
それからのことは、然し、大勢混雑してる中で起ったので、跡を止めずに消えていった。父は始終、黙って泰然と控えていた。この点では私は父を偉いと思う。
葬式の混雑が済んでしまっても、父や母や兄は、なおいろいろな後始末の用事に追われていた。だが私は、大して仕事もなく、学校は休んでおるし、自由な時間が多くなった。書物を読んだり、友だちに手紙を書いたり、瞑想に耽ったりしたが、やはり思いは祖母の方へ戻っていった。そして、葬式当時の嫌なことどもが浮き上ってき、それを打ち消すために、祖母のやさしい笑顔に縋りつきたかった。
笑顔、それを祖母は死後にも私に約束したのだった。窓の磨硝子ににこにこした顔を映してみせると、約束したのだった。そのようなことを、もちろん、私は信じはしなかったが、それでもひそかな期待は失せなかった。現に、窓にはいろんな物影がさしてる瞬間があったのだ。のっぺらぽうの影、私自身の影、何物とも知れぬ影……。どうして祖母の笑顔だけが見えない筈があろう。私はそれを期待したが、一度も見えなかった。
祖母の遺骨はまだ家に祭ってあって、初七日がすんでから、墓に納めることになっていた。初七日から次々に七日七日と、煩雑な仏事が待っていた。そして一番煩雑な初七日は、葬式のあとまもなくやって来た。来客がたくさんあるので、私は忙しくなった。
けれども、私はもう余り手伝わないことにきめた。A叔母さんにそう言うと、A叔母さんはそれでいいでしょうと賛成してくれた。
もともと、私はA叔母さんを余り好きではなかった。女学生みたいな子供
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