きっとそうしてみせるから。その代り、気味わるいことなんか忘れてしまうんだよ。」
私は涙ぐんでしまった。
「いや、いやよ、そんなこと仰言っちゃ。」
祖母は腑に落ちない風だった。
「なにが、いやなの。」
「亡くなるなんて、そんなこといや。いいえ、きっとお癒りになるわ。お癒ししてみせるわ。あたし、学校を休んでも、どんなことしてでも、きっとお癒しするわ。」
私は顔を伏せてすすり泣いた。
「でもねえ、人にはその人の寿命というものがあるからね。」
祖母はもう覚悟していたのであろう。七十五歳の高齢で、そして老衰病だった。それから十日とたたないうちに、安らかに息を引き取ったのである。
祖母の衰弱が甚しくなると、私は気が気でなかった。学校も休んで看病の手伝いをした。兄は毎日会社に出かけたし、父もたいてい出かけた。母は見舞客の応対や家事のことに忙しく、女中も多忙だった。看護婦だけでは手が廻りかね、私は病室につきっきりのことが多かった。
そして私は、のっぺらぽうの方へあまり気を取られずにすんだ。その上、極力それを忘れようと勉めた。けれど、変なことが起った。
自分の室で、髪を直したり、着物を着換えたり、一休みしたりするような時、ふと窓の方を顧みて、はっとすることがあった。その窓の磨硝子に、何か物影がさしてるのである。何物とも知れぬこともあり、自分の姿だと分ることもあり、のっぺらぽうが自分の姿に重ってると思われることもあった。たいてい、うっかりしてる油断の隙間にそれが現われて、すぐに消えた。私は自宅では和服のことが多かったし、忙しくなると着物を衣紋竹に掛けておくこともよくあったが、その自分の着物までが気味わるく思われて、出来るだけたたんでおくことにした。衣紋竹の着物が窓硝子に映るわけでもなかったが、用心しなければいけないという気持ちだった。
祖母が亡くなってからは、そういう気持ちが一層嵩じた。
祖母の死から、私は心身に直接の打撃を受けた。嘗て姉が病死したことがあるが、まだ私は幼く、大して深い感銘は受けなかった。祖母の死に接しては、身にも心にも、大きな穴があいた感じだった。
身内にあいたその穴の方へ、私の思いは引きずり込まれがちだった。そしてぼんやりした空虚な時間がまま起った。そのような時、室の窓硝子に何かの影が現われ、すぐ消えはしたが、はっと私を驚かした。
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