取り上げ、裏口の方へ行った。母と交わした対話が、謎のようだった。どうしてあんな対話になったのだろう。私もどうかしていたのかも知れないが、母もどうかしていたのかも知れなかった。
美しい朝日の光りに向って、私は深呼吸をした。
家の中に戻って、私は熱いお茶を飲み、それから仏間へ行った。雨戸を開けると、眼がさめるように明るくなった。仏壇はきれいに片附いていて、百合の花が匂っていた。私はその前に坐って、お燈明とお線香をあげた。祖母の遺骨が無くなってるのも、今では、却って清々しかった。私は掌を合せ、長い間頭を垂れていた。そして立ち上り、そこから出て行こうとして、ふと、母や父や兄と顔を合せるのが、ちょっと極り悪いような気がした。そんな思いは初めてだった。祖母が亡くなったからだったろうか。そればかりでなく、私がいくらかしっかりしてきたからだったろう。でも、そのことに自信はなかった。私はもう一度仏壇の前に引き返して、お線香をあげた。
底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「小説公園」
1952(昭和27)年7月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年2月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全14ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング