の時、父と兄は、いつまでも食卓を離れないで酒を飲んだ。私は自分の室に引っ込んで、改めてまたいろいろな物を片附け整理した。
 博多人形の、手毬のところが欠けた跡が、白く生々しかった。そこが見えないような向きに人形を置いた。けれど、窓の磨硝子の戸は私の方を向いていて、今にも、そこに何かがちらちら映りそうだった。祖母のにこにこした顔は、もうどこか遠いところにあった。のっぺらぽうの顔も、もうすっかり薄らいでいた。私自身の影にも、私はもう驚かないだろう。だが、ほかに、何か怖いものがあった。うっかりしてる隙間に、その影が硝子戸に映りそうだった。
 私は早めに寝た。明日からのことに思いを集注して、あれこれ空想しているうちに、妖しい妄想の中にはいり込んだ。
 いやに犬が鳴いた。うちの犬は、夜は解き放しになっていたが、それが庭を歩き廻って鳴いた。塀の外でも、よその犬が鳴き、なおあちこちの犬が鳴いた。怪しいものが来てるようでもあった。犬は低くうーと唸ったり、また声高く吠えたりした。一時すっかり鳴き止んで、静かになったが、暫くすると、また鳴きだした。それから、ひっそりとなってしまった。
 しいんとした中で、雨戸にことりと音がした。時を置いて、何度も音がした。風もないのに、どうしたのだろう。一つ所ではなく、あちこちで、雨戸にことりと音がした。それからまた、犬が吠えだした。
 私は二ワットの小さな電球をつけて寝ていたが、その光りが妙に明る過ぎた。不用心な気がして、電燈を消した。真暗になった。
 瞼のうちに、祖母のことが浮んできた。元気だった時の姿は少しも浮ばず、羽二重の白無垢を着せられてる寝姿だけだった。白木綿の顔覆いを取ってみると、白髪に縁取られてる顔は、鼻だけがつんと高くて、細そりと引き緊り、それが蝋細工のようで、更に、眼に見えないほど薄い紗か何かで被われてる感じだった。体も手足も薄っぺらで、蒲団の厚みの中に埋もれきって、そこに人が寝てるとは見えなかった。
 それだけ覚えていて、あとはうとうと眠ったらしい。そして朝早く眼をさました。
 起き上って窓の雨戸を開くと、朝日の光りが空に流れていた。室内を見廻したが、どこにも異状はなかった。ただ不思議なのは、博多人形の生々しい欠け跡のところが、こちら側に向いていた。
 私は洗面所へ行って、急いで顔を洗った。女中が茶の間の掃除をしていた。私は室に戻
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