衛もそれには困《こま》りました。なにしろ相手《あいて》は大蛇《おろち》ですもの、へたなことをやれば、こちらが一呑《ひとの》みにされてしまうばかりです。長い間《あいだ》考えこんでいましたが、いい考えを思いついて、はたと額《ひたい》を叩《たた》きました。
「そうだ、これなら大丈夫《だいじょうぶ》。ねえ猿《さる》さん、お前は猿智慧《さるぢえ》といって、たいそう利巧《りこう》だそうだが、案外《あんがい》馬鹿《ばか》だなあ。今私が大蛇《おろち》を退治《たいじ》てあげるから、見ていなさいよ」
甚兵衛は急《いそ》いで家へ帰《かえ》りまして、綺麗《きれい》な女の人形を一つ取り、その中に釘《くぎ》をいっぱいつめて、釘《くぎ》の尖《とが》った先《さき》が、皆《みな》外の方に向《む》くように拵《こしら》えあげました。それを持《も》って猿《さる》の所へもどってきました。
「そんな人形をなんになさいます?」と猿《さる》は不思議《ふしぎ》そうに尋《たず》ねました。
「まあいいから、私のすることを見ていなさい」と甚兵衛は答《こた》えました。
彼《かれ》は猿《さる》に案内《あんない》さして、大蛇《おろち》のでてきそうなところへ行き、そこに女の人形を立たせました。そして猿《さる》と二人で、大蛇《おろち》に見つからないような蔭《かげ》に隠《かく》れて、じっと待《ま》っていました。
しばらくすると、ごーと山|鳴《な》りがしてきまして、向《むこ》うの茂《しげ》みの間《あいだ》から、樽《たる》のように大きな大蛇《おろち》が、真赤《まっか》な舌《した》をぺろりぺろりだしながら、ぬっと現《あら》われでました。大蛇《おろち》は人形を見ると、それを生きた人間と思ったのでしょう、いきなり大きな鎌首《かまくび》をもたげて、恐《おそ》ろしい勢《いきおい》で寄《よ》ってきました。そして側《そば》に寄《よ》るが早いか、その大きな身体《からだ》で、ぐるぐると人形に巻《ま》きついて、力いっぱいにしめつけました。ところが人形には、薄《うす》い着物《きもの》の下に釘《くぎ》がいっぱい、尖《とが》った先《さき》を外に向《む》けてつまっているのです。いくら大蛇《おろち》でもたまりません。柔《やわら》かな腹《はら》の鱗《うろこ》の間《あいだ》に、一|面《めん》に釘《くぎ》がささりまして、そこから血《ち》が流《なが》れだし、そのまま死
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