猿《さる》にそっと頼《たの》みました。
「猿《さる》や、どうか鳴《な》いてくれ、私が困《こま》るから」
「では泣《な》きましょう」と猿《さる》は答《こた》えました。
そこで甚兵衛は鞭《むち》を高く差上《さしあ》げ、大きな声でいいました。
「鳴《な》いたり、鳴《な》いたり」
人形は「キイ、キイ、キャッキャッ」と鳴《な》きました。
見物人《けんぶつにん》は驚《おどろ》いたの驚《おどろ》かないの、それはたいへんな騒《さわ》ぎになりました。「人形が鳴《な》いた」という者もあれば、「あれは猿《さる》の鳴《な》き声だ」という者もあるし、一|度《ど》に立ちあがってはやし立てました。すると甚兵衛は一きわ声を張《は》りあげていいました。
「今のは猿《さる》の鳴《な》き声であります。これからまた他《ほか》の鳴《な》き声をお聞《き》かせいたします。……さあひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]人形、鳴《な》いたり鳴《な》いたり、犬の鳴《な》き声」
人形は「ワン、ワン、ワンワン」と鳴《な》きました。
「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、猫《ねこ》の鳴《な》き声」
人形は「ニャア、ニャア、ニャー」と鳴《な》きました。
「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、鼠《ねずみ》の鳴《な》き声」
人形は「チュウ、チュウ、チュチュー」と鳴《な》きました。
「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狐《きつね》の鳴《な》き声」
人形は「コン、コン、コンコン」と鳴《な》きました。
「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狸《たぬき》の鳴《な》き声」
すると見物人《けんぶつにん》は喜《よろこ》びました。誰《だれ》もまだ、狸《たぬき》の鳴《な》き声を聞《き》いた者がありませんでした。皆《みな》静《しず》まり返《かえ》って耳を澄《すま》しました。ところが、いつまでたっても人形は鳴《な》きません。甚兵衛《じんべえ》はまたくり返《かえ》しました。
「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狸《たぬき》の鳴《な》き声」
それでもまだ人形は鳴《な》きませんでした。鳴《な》かないのも道理《もっとも》です。人形の中の猿《さる》は、狸《たぬき》の泣《な》き声を知らなかったのです。甚兵衛はそんなこととは気づかないで、三|度《ど》くり返《かえ》しました。
「鳴《な》いたり鳴《な》いたり、狸《たぬき》の鳴《な》き声」
すると人形は大きな声でこういいました
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