親と十三人の子供との会合を、どうして八重子が嫌がるのか、彼には合点がゆかなかった。その上八重子の口振りによれば、彼女は何か新たな行動や思慮を取りかけているらしかった。彼はじっと八重子の様子に眼をつけ初めた。そして彼女の意外な変化に喫驚した。
どこか少しぬけてるらしいほど無反応だった彼女は、今では可なり敏感にさえなっていた。長男の一郎はもう小学校の五年生になっていたが、来年は中学の入学試験を受けなければならないと云って、八重子はひどく彼に勉強をしいて、彼が少しでも怠りがちな時には、酷しく叱りつけていた。そういう折に洋造が口を出したり、または、冬子ももう幼稚園に通うようになって世話がやけないから、お前が少し俺の用をも手伝ってくれと、洋造が忙しさの余り云い出したり、其他子供に関係のある事柄が出てくる際に、八重子はともすると険悪な言葉付になって、ヒステリーを起しかねない気色さえ示すことがあった。この前大阪のお蔦に子供が産れた時などは、些細なことに本当のヒステリーを起して、四五日むっつりと黙り込んでいた。いつも人形のようにちんまりと坐ってはいるが、眉根をぴくりぴくりと震わせることが多かった。
いつの頃からいつの間に彼女がそうなったのか、実業界に忙しく飛び廻っている洋造には、さっぱり見当がつかなかった。彼が気付いた時には、彼女はもう善良な人形ではなくて、危険な人形となっていた。そして彼自身もいつとなしに、その危険な人形に対して、壊れ易い瀬戸物にでも対するように、手を触れないでそっとしておく習慣がついていた。
こんな筈ではなかったが……と彼は眼を見張った。然しなぜそうなったかは、彼には少しも分らなかった。
桃の花が散り落ちる頃から、お千代の出産日が迫ってきた。洋造は或る晩、酒に酔って上機嫌で帰って来て、八重子の眉根の震えがないのを見定めて、笑いながら云い出した。
「おい、お千代が間もなく子供を産んで来れるそうだよ。男だったら九郎となる順番だし、女だったら……藤の花が咲く頃だろうから、藤子と名づけるつもりだが、九郎より藤子の方が響きがよくていいね。だがまあどちらにしたって、それで十四人になるわけだ。十三という数は、西洋でいけないとしてあるから、なんだか気になっていたが、それを通り越すのだから目出度いよ。……これで何だね、十四人になったのだから、この秋頃には、一つ例の顔合せの会合でも催してみようじゃないか。それまでに誰か、お常でも、も一人子供を産んでくれて、十五人になると丁度いいんだが、然し十四人だって、俺の四十という年を逆にした数だから、却っていいかも知れない。」
八重子は眉根をぴくりとさして、何とも言わなかったが、彼がその日の書信に眼を通し終って生欠伸《なまあくび》をかみ殺してる頃、不意に彼女の方から尋ねかけた。
「あなた、お千代がまた子供を産むと云うのは、本当のことでございますか。」
「本当だとも、そんなことに嘘を云ったって初まらないじゃないか。」
「そして、子供が十四人になったら、皆の顔合せの会をなさるおつもりですか。」
彼女の蒼白い顔に険を湛えてるのを見て取って、彼は少し云い渋った。
「そうさね、お前が皆の母親ということになってるし、お前だけが俺の正しい妻なんだから、万事はお前の気持次第なんだが……。」
「私はどう考えても嫌ですわ。」
「それじゃ止してもいいさ。……だが、お前はこの頃何だか様子が変なようだが、一体どうしたと云うんだい。それとも、初めからの約束が今になって嫌になったのなら、そうとはっきり云ってごらんよ。俺だって考えを変えないこともないからね。」
「いいえ、そんなことではありません。商売人の不見転《みずてん》なんかに手出しをなさるよりは、はっきりこれこれときまってる方が、まだよいと思っていますわ。」
「それでは、お前の考えてることは一体何だい。俺にはさっぱり見当がつかないんだが……。」
そして彼は出来るだけ言葉の調子を和げて、彼女の意中を探りにかかったが、彼女はぴたりと心を鎖して一言も洩さなかった。しまいには彼も諦めて、先に床に就いた。
その夜中に、彼はふと変な心地で眼を覚した。隣りの室に人の気配がするようなので、なおはっきり眼がさめて、気がついてみると、傍の布団に寝てる筈の八重子がいなかった。それが変に気にかかって、だいぶ待って後に、起き上って隣室を覗いてみた。
彼は喫驚した。八重子がしょんぼりと火鉢にもたれて坐っていて、※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]を襟に埋めて考え込んでいた。
「どうしたんだい。」
八重子はひょいと顔を挙げて、何かを見定めるらしく彼の立姿をじっと見つめていたが、俄に寒い風にでもあたったかのように、ぶるっと一つ身震いをした。と殆んどすぐにわっと泣き出してしまった。
彼は
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