がそんなことは、まあいいや、明日という日がないじゃなし! と空嘯いてみたものの、さてこれから、どうしよう……ということより寧ろ、何処へ行こうということが、ぴたりと気持を遮ってしまった。このままぼんやり歩き続けて、銘仙の一張羅を雨に濡らしてもつまらないし、それかって一寸訪ねる家もないし、また自分の家へ帰るとすれば、お久《ひさ》の剣突か涙声か、何れ碌なことには出逢わないのだし……はて?
 広い通りの十字街だった。満員の電車が幾つも幾つも通り、暖かそうな人顔の覗いてる自動車が駆けぬけ、手に買物の包みを下げてる人々が、嬉しげな気忙しなさに足を早めていた。
「なるほど世の中は忙しいや。呑気なのは俺一人かも知れない。お久の云うのも道理《もっとも》だ。だが、俺には全く何の当もないんだからな。当がないのに急げったって……。」
 けれど、そんな風に考えてるうちに、俺は二足三足歩き出していた。ふらふらと我知らず電車道を横ぎると、其処の唐物屋の窓口に、クリスマスの飾物がまだ残っていた。杉の青葉に蜘蛛の糸のような銀糸が張られて、赤い帽子に赤い着物に長靴をつけた白髯の爺さんが、にこにこした顔付で立っていた。俺は
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