の午後にしたいと池部は主張した。俺は賛成だった。それではこれからまだ廻ってみよう、池部は慌しく立上った。十五人ばかりのうち十人くらいは大丈夫集る、と自信ありげに云い捨てて帰っていった。
所が、池部が居なくなると、俺は何だか力抜けがしたような気持を覚えた。痩せてはいるが変に骨の堅そうな彼の身体つきが、どうしてそれほど俺に影響してくるのか、さっぱり合点がいかなかった。話が余り突然で心になずまないせいもあったろうが、それにしても、彼一人がその話を背負って歩いてるわけでもあるまいし、張りのない自分の心が不思議だった。
「ほんとに酷い奴だね。」とお久はまだ興奮を失わないで云っていた。「あんな奴は、引っ叩くくらいじゃ屁とも思やしないから、金をそっくりふんだくってやるがいいよ。」
俺は[#「 俺は」は底本では「俺は」]苦笑した。
「そうもいかねえさ。……お前だって何だろう。先程、池部が投り出した金を取りもしねえで、わざわざ取って置きの酒を出したじゃねえか。」
「あれとそれとは違うよ。……ほんとに笹木から金を吐き出さしてしまったがいいよ。そうすれば私達だって助かるじゃないか。でもねえ、笹木の方は当にはならないし、家で入用なだけは何とか工面しておくれよ。子供達の着物と正月の仕度とだけは、なくちゃ年が越せないからね。一日二日のうちに、お前さん大丈夫かい。ほんとに悪い時にぶっつかったもんだね。笹木の方はいい加減にして、実際の所、当にはならないからね、家のことだけを一番に考えておくれよ。」
笹木の方は当にならないと云いながら、実は当にしてるんだな、と俺は思った。いつも俺のことを、他愛もない夢ばかりみてると貶しつけておきながら、自分の方では、まだ形態《えたい》も知れない笹木の話に、溺れる者が藁屑をでも掴むように、すぐに希望を投げかけていってるじゃないか……。俺は馬鹿々々しくなって、其処にごろりと寝転んでやった。
「ほんとにお前さん頼むよ。いくら押しつまったって、男の手で百や二百の金が出来ないことがあるもんかね。出来なくっても、私が出来るように祈ってやるよ。祈って祈って祈りぬいてやるよ。命がけで祈ってやるから覚えておいで、……ああ大変、お灯明が消えてる……。」
彼女はまた例の無茶苦茶になりかけていた。いきなり立上って、神棚に蝋燭をつけて、その前に蹲った「天《あま》照る神ひるめの神……」
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